ゆとり世代に共通する意識を追求する 終
人間は言葉を覚え「世界」をイメージすることができます。
たとえ言葉だけでも、そのイメージできる「世界」に対して感動したり、悲しみをもったりできる
生物です。
映画や小説を鑑賞していて、おどろおどろしい場面が登場すれば
体は自然に緊張し、汗をかいたり、のどをごくりとしたり
たった紙切れや、紙に光を当てただけのスクリーンに、大いなる感嘆を受けることができます。
しかし、その分、ほかのひとの体験を、自分のように体験し
洗脳されやすいのも確かです。
まだ未経験である世界の体験のイメージを
先に体験してしまったら大変です。
TVの中、本、小説、映画、ビデオゲーム
この中で臨場感のある体験としてあたかも自分の世界で起きたかのように無意識に
うめこまれると、まさにこの世界に、夢の世界が混在することになります。
夢の世界の体験と、唯物社会の体験が無意識でごっちゃになることは
大麻を吸いすぎても、無意識に夢の世界が収まります。
乖離といいます。
問題として
夢の世界のイメージが崩れさろうとした時、すべての夢の体験も総崩れになり
ひとつのことを否定されると、全人格を否定されたように受けてしまい
幼児とほぼかわらない、未熟児のような危険な状態になります。死にます。
不安障害がパニックになって飛び降り自殺をしたりするかもしれません。
なので、別にいまさら誰かの認証や承認なんかいらないのです。
自分で、なにか怖いと思ったときは、何故今こわいのか、ゆっくり考えてみると
そういえば、誰かが変な噂話をしていたなぁ
とか、でもそれは確かではないしなぁとか
いろんな今までの体験を思い出し、顔も思い出し、匂い、音、触感、いろいろと
脳内のシナプス回路を色々動かしてみるのがベターだと思います。
総じて、ゆとり世代はゆとり教育だけの問題ではなく、精神的に半身がひきこもっている
状況ではないだろうかと私は考えます。
なのでゆとり世代でなくとも、自宅でずっとひきこもって趣味の世界にぼっとうしたり
すると、社会とのズレが生まれてくる、誰しもが起こりえる状態です。
ゆとり世代であっても、ちゃんと対話コミュニケーションをしていれば
一般社会人として労働力になりうる人材でしょう。
蛇足ですが、
もともとひきこもりの自分から見ると、新社会人の立ち振る舞いが、
いままで見て触れてきたひきこもりや不登校の子たちによくにて
自分の世界を共有したい、という気持ちが伝わってきます。
以上レポでした。