いつかの話
4年前の夏。都会特有のうだるような暑さとは違って標高が高い山は随分すっきりした空気だった。
喧騒もなければ、買い物をするところもあまりない、したがって人里離れた場所であるので、寂しい
気分にもなったが、幾分、落ち着いた心を思い浮かべては、祖母が暮らす施設へ向かった。其の頃の母親方の祖母は80歳くらいになりこの山の老人施設で暮らしていた。持病のリウマチは悪化し、自力で歩くことも困難な状態で、祖母の旦那が亡くなってからは、どんどん気力が落ちて贅肉がなく痩せこけて見えるようになっていっているように見えた。旦那がいなくなった大きな家で一人で暮らしていたころ、家のあちこちから僕は「死臭」を感じ取っていた。火葬場や、グランドゼロ、戦地からしそうな感じの、脳幹を貫く香りだった。
「このまま早くお迎えがこないかとわたしは待ちわびている」
そんな感じのことを、平然とした表情、センチメンタリズム無しで言っていた。
祖母が暮らす施設の部屋にはいってみると、大き目のベットに横たわっている姿が見えた。それ以外はTVもなかったような気がする。なんとも、殺風景な、滑稽な、そして脳幹を貫く部屋であった。感傷的になることもできない、このまま死ぬということを受け入れているような、この世の業からこの部屋は遠のいていた。
あまりにも殺風景なので、ふもとの売店まで飲み物を買いにいった時に、ハローキティーのカップルが浴衣を着て仲良くしている模様のうちわがあったので、他になにかそういうものを探したけども無かったので
それをお土産に買って施設へ帰った。
それを祖母にプレゼントした。すると
「まぁ!かわいい」
それまで黄泉の匂いがした表情から一変して明るい表情になったのを僕は見た。
そんなに喜んで貰えるとはあまり期待していなかったけども、このこの世の業のかけらもない施設の部屋
からすれば、殺伐とした空気の中で心が救われるような唯一のシンボリックな存在として部屋で幼児が悪戯を仕掛けているような気配がした。
うちわを、くるくると回せば、光の反射で絵柄が変わった。ハローキティー達が千年王国のような夢の世界でどこからかもってきた光る蛍のような活けるともし火を仲良くプレゼントし合っている。
このとき僕は何故生きているのか、何故生まれたかということ、この宇宙がなぜ存在するか
全てがおぼろげながら、この手に掴めそうだった。