ストレートネックで首ガッチガチやぞ!(くやしーです!アップ×2ガール(仮)

testだんかいでえす 現在TEST段階は1.00.03くらいゴールがどこかわからなくなってきているので3年くらいTESTかも笑

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昔ミレニアム直後の2000年4月に、ユニクロがデニムジャケットを販売してなんかしらないけど

ものすごい性急なビートで流行ったような記憶がある。その年の秋になるとGAPのパーカーも

流行った希ガスる。

ボクはそのとき18歳で、神戸市の垂水区にある通信制高校に淡路島から「世界一のつり橋」を

渡って通っていた。そのときの垂水の校舎には、一般的なアウトローの縮図が垣間見れた。

不登校、ひきこもりんぐ、ヤンキー、カラーギャング、不届き物

まさに火と油のような組み合わせ、IT会社の飲み会のような感じである。

そんなはみ出しものの生活の中で、ユニクロのデニムジャケットは性急なビートで印象に残った。

三井アウトレットショッピングモールにスターバックスコーフィーがあったり

21世紀の現代の日本が生まれようとしていた年だった。

マクドナルドのハンバーガーはどんどん安くなっていって68円まで落ちた。

モーニング娘。は国民的人気アイドルになって、沖縄から北海道まで皆知っている存在になった。

ある日、2000年8月の終わりころに、ふと垂水駅の前にある

これまた昭和な商店街の一角にあるダイエーの前を通り過ぎた。

ほんとにユニクロで売っているような「デニムジャケット」がダイエーの店頭に並んでいた。

このクオリティがほんとに、40~50歳くらいのミセスマダムIN下町が買いそうな

ロープライスで、インドネシアの会社が企画したようなものだった。

この時、なんだろうこの感じ、みんなさびしいんだろうな。と思った。

レベル5の概念が生まれたのはこの時だった。

そして21世紀の幕開けとともに、氷川きよしがやだねってだだこねたり

BOAが韓国からやってきた次世代R&Bデーヴァだったり

ZONEが10年後のこの時、のことを歌ったり。

RE:JAPANがまた調子にのってでてきたり。M1がはじまったり。

BASSよしもとに若手が集ったり。

なんか孤独だった。

いつも頭の中はRadioheadの「everthing it's light place」のイントロが流れていた。

時代はそれから10年後の近未来20XX年の今の話。

ツイッターというこれまたSNSがでてきた。