人間というのも近代に作られらた

キリスト教以外は人間ではないので、いくら殺してもOK、というか神の裁きがない。
ので、動物でも人間のような生命体でも殺せます。
この倫理観では、人間とはなにか、という規定があるようです。
ミシェルフーコーは、古代のエピスメーテーの中で
人間の概念が形成された形跡があると述べます。

確かに、いまでこそ人間はなんかこうであるべきだ、とかないですけど
人権とか、ありますよね、
それって原始時代や、アフリカ先住民にはない考え方だと思います。

人間という概念を作り上げた規範、
それは人間のイメージの中に規律権力を生ませ、
身体に権力を行使できる。

人間諸科学
として、確立された規範は、
まず人を規律の学ばせて、社会的に人間にさせる。
そのための施設は、学校、牢獄、病院などで
その中で、身体に対しての規範を学ばせる。
その中で、人間とはこうあるべきだという人間諸科学を学ぶ。
それに反するのは、精神障害者、犯罪者、狂人、植民地の人間
植民地である。

しかしたまったものではない。
むこうの基準で、俺たちを図られて、おまえたちは違う
みたいにいわれて植民地化されるわけです。


ワレワレあじあの人間は、はたして人間と思われているでしょうか・・・・。
黒人は、人間とは思えないような扱いを受けていました。
しかし人間とはこういう扱いをしてはいけない
と神が決めたのでしょうか。いつ決まったのでしょうか。
そもそもなぜいけないのでしょうか。
フーコーはそこに権力を見出す。