ストレートネックで首ガッチガチやぞ!(くやしーです!アップ×2ガール(仮)

testだんかいでえす 現在TEST段階は1.00.03くらいゴールがどこかわからなくなってきているので3年くらいTESTかも笑

強迫神経症に関する考察15

ラカン理論では、強迫神経症を、異常なまでのノイローゼとなっています。
ノイローゼ、とはなんだろうか。
例えば、毎日ゲリラ豪雨がふっている場合、
ストレスでIQがさがっている、
そのときに黒い雲を見たとき、またか・・・・助けて!!!!!という連想する。
これがノイローゼだ(一例だよ

では異常なノイローゼとはなんだ。
ノイローゼは異常ではないのか、ノイローゼはプロテスタンティズム的に
すこしばかりの杞憂にすぎないのか
なぜ異常なノイローゼは、医学の検閲対象になり、社会から排除されるのか。

    異常だからである

異常がある場合、社会の規範が崩れる。そうすると秩序が保てなくなる。
そのために、犯罪者をみせしめで処罰を与え、こうなりたくはないだろう?と
いう規範を作り出す。
つまり、異常があって、はじめて規範ができる。

異常なノイローゼは、社会にとって、必要な病理なのであり
本来の異常性は、実は隠蔽したいのだろうか?????????


    ここにある社会のモデルを小さくシュミレートしていく図を作成した。


 社会とは、ソーシャル、コミュニケーションの総体である。
 

   ソーシャルは、2人以上で生成可能だ。
  
  家A 家B 

 ここに2つの家が、崖にあるとする。
 家ABそれぞれに、村人AとBが住んでいる。

 家AとBはお互いが生きていくためには、お互いで依存し
 協力し、信頼を形成しておかないと、村人AもBも死んでいまうことにする。
 極論だ。
 
 それでめんどくさいんだが、AとBは、お互いに物資を分け合い
 協力し、共同体として生活している。
 
 この物資を分け合ったり、信頼、依存しあっているのがソーシャルである。
 (汗

 16へつづく・・・・・