家出少女は分節なのか?

世界は言語により分節する。
つまり言語がなければ、世界は何も無いのではなくとてつもなくあるのだ。


勝手に言語により、木や、川、牛や、豚を創りだしたのは紛れも無く私達、人類なのである。いや、牛や豚は、生得的には言語を持っているかもしれない。何故なら、牛は、豚を認識したりできるからだ。認識できるといことは、世界に存在を認識しているに違いない。

ところで家出少女は何故発生するのか考えてみたことはあるだろうか?
共通前提の崩壊?グローバリゼーションにより地域共同体の空洞化により
アノミーになる?スーパーモンキーはTVによって会話を駆逐されるから?
すべては「神の意思が」あるから??

では一番はじめに、なぜ家が存在するのか考えてみよう。
家とはなんだ?
なぜ家が人類にとって必要な存在なのか?そして家は意味や機能
社会システムにおける役割や目的とは?
すべては気にもとめたことがないところに意味は埋没している。

言語により家出少女が発生するには
まず諸条件として、家出少女の以前に3つくらいの言語が必要になるかと思われる。
たとえば、不安、意味、未来
この3つだけで世界が分節され、近代化し孤立化した個人という概念に与える
ファンクションは多大だ。
たとえば、未来が個人に与えるファンクションは、未来は明るくないといけない。
なぜか
明るいほうがいいからだ。
未来が暗いほうが良い場合は別であるが


ということで
次回は、ボケ老人は本当にこの世界に存在するのか?!!です
2年かかってます!