娯楽GORAKU+GOrkau

元は宗教が持っていた祝祭的感覚celebateは、神godが死deadんだ後の社会Socialでは娯楽として機能functionしている。
ところが社会化(一般的に社会化とは社会に適応した)した娯楽には市民としての感情を基準にして善悪の判断を、その余地を残している。
例えば、危険ドラックは、使用者にとっては最高級の良いことであるのに
社会では「危険」と呼ばれている。危険なのが悪いとも名言されていないところが悪魔的要素があるのも如意しておくべきだ!!!!!
この世界で善いとされてることは、他人からすれば悪かったりする。
なんだよ!!!クラブのフロアで踊ることが悪いんだぜ!!っけ!!!!!!

風適法摘発後のダンスというキーワードが紙面を飛び交ったことにはいささか奇妙な気分がした。だれもクラブに来て、そんな何が何でもダンスをしたいわけではない。
なんか、ダンスをしたくてしょうがないバカないきものみたいで滑稽で笑ってしまう。
ダンス馬鹿。
そう、ダンス馬鹿になるには
社会では無理なのだ。
バカは=悪いという社会化基準があるからだ。
正直、宗教的な要因が大きいと判断している。
宗教は2000年間、セックスと死を支配するために帝王が使用してきた系譜があるとミシェル・フーコーも古代のエピスメーて~の中から見出している。
それくらい性と暴力は悪魔的な要因を帯びている普遍性がある。

誰かがねじまき鳥にならないと、この世界はエロスと暴力で満ち溢れた、アプリオリな道徳もない絶望の、時計じかけのオレンジのような世界に住みたいと、あなたは同感できるだろうか!?