ストレートネックで首ガッチガチやぞ!(くやしーです!(仮)

testだんかいでえす 現在TEST段階は1.00.03くらいゴールがどこかわからなくなってきているので3年くらいTESTかも笑

強迫神経症に関する考察16

構造主義的解釈~フロイトラカンから、認知科学的解釈~ゲーデルハイゼンベルクなどを駆使し、社会システム理論から考察する!!!

2015-05-03 22:56:02

天気予報で晴れの予報なのに急に雨が降ってきた時、あなたは何かに裏切られたと思いますか。その時、神の声が聞こえますか?いえ、その時は、天気予報を含めた社会全体からの報復を受けたような心理になるでしょう、その時「信頼」はなくなります。そうした信頼を社会はコミュニケーションを通して積み重ねてきた結果、奇跡的に成立しているユークリッド幾何学の集合です。


最近家の周りに住む住民が同じような症状を表現しています。戸締まりが気になるのか、何度も外出する時に鍵がかかっているかどうかを確認しないと気がすまないという病状が表現されているのを2人目を確認しました。

それは構造主義的解釈をすると、不在時に簡単に扉を開けてプライバシーもくそも関係なく蹂躙されてしまうかもしれないという構造が無自覚的にシステムとして存在しているからでしょうか。その構造からは、そのアーキタイプにあった変数を持つ人物がある条件下において、神の不在を経験することで、どんな身分、人種、国籍を超えて表現される、関数の出力である、その出力が、病理としての言語表現です。

音楽は音による言語表現だとすれば、フロイトの抑圧からは、その病状の表現は言語での表現です。その表現に隠された普遍文法は、こうです。「なにか常に大事なものを奪われている気がする」

フーコーは病理は異常があるから、その異常を元に保つかのようにふるまうことが病理的だといっていますし、異常があれば秩序は保てなくなるので、ある一定以上の関数に代入された人間は、精神病として権力化におかれ管理される感じです。

つまり異常が社会にある、だから病理として言語表現される。デカルトハンガリー二重帝国の頃の湾曲した秩序に病理を見出し精神疾患はつまり植民地だと言っています。


社会は亡くならないと思って私達は安心を得ていますが、近代史では国ごとなくなることは沢山あります。

いきなり兵隊が来て、母国語を話せなくなり、国がなくなることは日常茶飯事位でした。

社会が崩壊することなんか考えもつかないと思います。

しかしもし太陽が燃え尽きたり、月が堕ちてきたら

その時は、黙示録だと感じ、神を信じますか?


人は不安があると古代から神に祈りを捧げたり、イニシエーションを行いました。

人は緊急時になるとどういう行動をするのか、アメリカのCDCが発表して苫米地英人博士も日本語代理として発表しています「The Psychology of Crisis クライシスサイコロジー」です。


不安を和らげるために行動を起こします

ミネラルウォーターを買う

ロウソクをつけて集団で歩くなどです。


つまり不安があればカタルシスのためにひとは行動するのです。


古代から、安定したのは毎日必ず登る太陽くらいで、ほとんどが不安定でした。小さい氷河期などもあったり、いつ穀物がなくなるかわからないような時代がずっと近代までありました。

そんな不安定な生活において、太陽へ宗教的意味を見出すのは、世界各地の宗教で見られます。


強迫神経症の、戸締まりを何度も確認するという行為は、そういった古代からの宗教的な要因を社会に埋没されていることを無意識に感じ取り、宗教的儀式により、帰納できる覚醒です。行為自体が、言語です。

共和制になり、個人主義が台頭し、個人を孤立化することによって近代化を成熟させてきたことが、

なんの安全も安心も保証されない、原始時代と変わらない状態であるのに、コンプライアンスは整合性がないといけないという、現代の奴隷制度を受け入れることができない、それが行為として病理として言語表現されています。

この世界に完全性は、ある一つの項でしか帰納できない。それが完全にない。