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強迫神経症とユニフィケーション

カールポラードのHPSG(Head-Driven Phrase Strucure Grammar 主辞駆動句構造文法)

と呼ばれるものはHead主辞というもので、文から単語や句を分解して、主人公のような

感じの観測者を抜き出し、その観測者から見た宇宙により、それぞれの言葉の意味が

かわってくるぜ!というもので、同じ単語の意味を抽出できれば、単一化できるというものです。


私達が話す言葉を、関数と引数で表せるというのが、ストロングAIまでの「一階述語論理」と呼ばれる

ものでした。ですが、いろいろとあって、もうひとつ文そのものを引数にすることで

「高階述語論理」と呼ばれるものがつかえるようになったわけです。

HPSGは「部分情報構造partial information structures)という構造で分析します。

同じ読み方の動詞である、言葉が、場合によって、別の意味になるところを、

主辞を明確にし、そこに「包摂」することにより単一化Unificationが可能になりました。

そして

苫米地英人博士が、その構造分析にPDPモデルの確率モデルを導入して、ソフトに単一化

したものがソフト・ユニフィケーションというものです。

これの研究はまだまだ予後があります。


認知科学への招待」という本の内容をほぼコピペしたので、わからないと思いますが、僕はわかるので大丈夫です!


重要な点は、どんなものでも、その主辞から見た世界により、意味がかわってくることがあるということです。

記号のようなもの、例えば、木、ふつうーの木でも、隠されたパラメーターがあったりするわけです。

スペイン人が大航海時代イースター島に来た時、モアイ像を見た時、なんだこれは、と思ったでしょう。

つうかなんなのかわわかるわけです。人の形をしているのです。あと石できているので、石像です。

モアイ像からは、顔?の形みたいな石像だ!という意味は分析できます。

しかし、隠れパラメーターみたいなのがあって、モアイ像と呼ばれるそれは、霊力の貯まる装置、であったりします。

それで、イースター島の人々は、霊力が溜まっているのをみんなが見えていたんですね。

しかしスペイン人は、まったくわからないわけです。

殺し合いになりますよね。

木。フツーの木でも、ただの木と思うのか、この村に2000年間ずっと守ってきた木なのかでは、重要度がかわってきますし

その隠されたパラメーターである、2000年間ずっとあった、というのは知らないと認識できないわけです。


強迫神経症には、この隠しパラメーターを読み込み、病気として表現することで、言語化に成功しています。


例えば、戸締まりしたドアを何回も確認して、隠しパラメーターを回避する、というか意味を無くす、ことで

ある時空により、安心で安全であるということを意識の起源にしています。

そしてこの何回もドアが閉まっているか確認する行為は、別の意味を表現していますよね。

勝手にドアを開かれて、大事なものを奪われてしまうかもしれない。というか、大事なものがどんどん奪われていく、という植民地の人、特有の感情です。

村に2000年間もずっとあった木を奪われてしまいそうになった。しかし奪う帝国からすれば、ただの木なので、知ったこっちゃない。しかし、その2000年間という大事な感情は、意味を生産しています。

その、奪われた感情は、病理として何度も脳内で再生することにより、情報空間で補填してます。

精神のゲシュタルトの一部を担っていた引数、が無いとなると、言語に空きができるわけですが、困ります。

単一化では一般的に、言葉は完全な形、という状態になければなく、完全な状態を「飽和」と呼び

飽和するために、別の単語を入れたくなる構造分析の方法なのです。

これには、ちゃんとした整合性が無くてはいけなくて、単調性があります。

非単調性のある確率モデルを導入した、ソフトユニフィケーションでは、これかな、あれかな、

みたいな自分探しのような人の状態でもいいよみたいな、感じです。

しかし、その精神自体が言葉だとして、失われた感情がわからず飽和しない場合、あれかなーと

探しつづける、線形時間アルゴリズムを作り、精神のゲシュタルトにそれを代用することで言語化し

飽和することで、整合性を保つことができます。


問題ですが、精神のゲシュタルトが整合性が無い場合、どうなるでしょうか。

夜寝る前に、考えてたことが、朝起きたら、すっかり忘れていた場合、まるで時間がこの世界になかったように思えます。

そんな感じで、自分の持っていた意味を忘れるとします。そうすると、重要度が変わってきます。

自分の持っている意味、包摂されているもの、「自分は勇者だ」というものだとすると、

急に、次の日、色々なものの重要度が変わっています。

急激に、使える魔法やとくぎなどが使えなくなり、パラメーターも低くなっています。

武器も装備できなくなったりするし、ロトのよろいとかも無理です。

こんな感じです(??)


言語化できないので、感情をどうにか言語化するための病気が、強迫神経症というアブノーマルナイーブなのです。

つまり、物理空間に生きているわけでわなく、この世とは別の、パラレルワールドとアクセスしながら切望し、

失語症のような失われた何かを、表現することで、この世界に単一化しようと試みる実験なのです。