精神疾患と現在存在の完全性

・・・

現在を観測することは不確実性と不完全性があり本当は無理なはずです。しかしジャック・ラカンによると、精神障害者はその現在を見たもの、だとされます。それは一体どんな世界でしょうか。もし本当に現在を見た人間が居た場合、宇宙の最小単位であるプランク定数を見た人間なのでしょうか。


言語により世界を認識する。その場合、完全性のある宇宙がうまれます。その世界はその言語だけに依存して存在することができます。しかしながら、時空は相対的に認識により完全性から不完全性が否応無しに生まれ、どんな完全なものもなくなってしまい、物質もなくなってしまいます。

それに加え、現在の全てを認識する、ことはできなく、知っているものしか認識、認識ってなに?現在を認識することになれば、今いる時空の全てを認識すれば現在を認識するにかなり近くなるでしょうか。テーブル、椅子、天井、パソコンの画面、パソコン、照明、照明の明るさ、照明の質感、照明の温度、照明の・・・・。その全てを認識して完全性のある包括された言語宇宙が完全性を保つことになります。

言語宇宙は、すべてがないと言語にならないので、全てが完全にあって、はじめて言語宇宙が存在します。


これをわかりやすい例えにすると、

ちょっとした冗談。お前は豚野郎だ!みたいなことを言われた人間がいるとします。精神障害者は、この言語宇宙を現実にします。まず、現在という状態は次の言語宇宙によりいとも簡単に崩れるというのに、その冗談のような世界をこの世界に完全性のある宇宙として認識します。することにより、この宇宙に一人だけ違った現実の認識を持った宇宙が存在することになり、相対的な時空がおかしくなっちゃいます。

というか冗談である時点で、この宇宙の認識が相対的に歪んでいる。もしその冗談を言った本人がそのことを忘れた場合、全世界の人類が知ることもない世界を、精神障害者だけが完全性を保持しようと試みているのです。


例えがわかりにくい。

確かにそうだ。

わかりやすい例えが思い浮かばない。

しょうがない。

あきらめてくれ。

これが完全性のある全ての言語宇宙ではないのだ。


まず完全な認識というのができない。このテーブルを認識していると思っていても2989年後にはなくなってしまうかもしれないし、gasumamniku人には、高エネルギー生産機能をもつ物体かもしれない。高エネルギー生産できるものと、私達の認識するただのテーブルでは、現在の認識がまったく違ってしまう。

ただの屁理屈なのではないか。

そう思うかもしれない。


では屁理屈からはじまった科学は、全部屁理屈だ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


ばかやろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおうおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお



その前に、私たちの言語は、感情に支配されている。例えば、恐れ。未来は恐ろしい。未来は明るい。未来にどんな災難があるかわからないので、感情は大事だ。

私達が、その屁理屈の科学で認識できた人間の感情は喜怒哀楽くらいだろう。しかしそれは本当か?

もしかしたら、297くらい感情はあるのではないか。


それよりも

本当にこの世界が存在しているのだろうか・・・。


現在を見た人間は、この世界が本当は無いということを知ってしまっている。


まて、では精神障害者は、

この無いはずの世界に完全性のあるひとつの認識をしている。

とうことになるのだろうか。


たとえば、愛。

愛はこの世界に無い。しかし、精神障害者はこの世界に完全な愛を創りだそうとしている。たとえば、希望。希望はこの世界に無い。犬は明日に希望なんか持たない。

この世界?

この世界ってなんだ?いまワタシはこの世界と言った。

この世界とはどのことだ?

世界ってなんだ。


この・・


つづく