音楽生成編成文法のようななにかのいきなりスティーブアオキ

自然を数字で表すと無限のようなあるともないとも言えない数字になると考えると、そこに人間の理性は働かない気がしてきます。しかし理性的だな〜とか、感情があるのかな〜と思うときって、どういう時ですか。例えば、木が一本生えてます。辞めましょう。コンビニのレジの会計が444だった時です。この時、自然数4が3つ並んだ場合、意図的だと感じます。理性的で、感情のある何者かがこの444を表示していると感じちゃったりします。やりがちです。*1

これが音楽です。

まず無限である自然のなかに、パターンを見つける時です。一回、カラスが鳴く音がした場合、この時点では自然です。しかし人間は前頭葉が発達しちゃったので、未来を予測しちゃったりします。それらはすべてパターン変性生成編成文法として脳にしまいこんでいます。

カラスが一回鳴いたあと、2回連続で鳴いた場合、これはもはや自然数に変換され、パターンの認識になってしまい、過去の記憶、そして未来の記憶、感情などが大変なことになっているわけです。

想像してくださーいアフリカのサバンナいあなたはいまいます。

テレビもねえラジオもねえ時間もなんとなくない。牛、馬、しかいないセカイです。セカイ系です。

夜になると真っ暗。宿もない。洞窟とかしかない。

勿論、wifiもない。貨幣をもっていても燃やすくらいしか使用方法がない。

そこらじゅうで、動物たちが、うおおおおというてるわけです。

だれかいないのか?理性的な存在は?

そんな時、

 

、動物が、なんとなく、同じリズムでグルーブを作っていたらどう感じますか?、あ、なんとなく、人間に近い存在がいるんだ、そしてなんかわかってもらえそうだ、安心するなあ。心地いいなあ。と

それが音楽です。

 

*1:やりがち