理性的なことは現実的であることからオナニーを考える

現実的であることは理性的であり、理性的であることは現実的である。

こう述べている。

なるほど、理性的であることは、感情を判断力の主体とした観測者にとって、共感できる適合性があるものは理性的であり現実的であるということだ。

これはつまりBOTとチャットしてネット恋愛している状態であると学者たちは思う。彼にとって感情を持つ共感できる現実なのだ。

現実(真実?)と現実的であることの違い

ちなみに現実など無い。現実がもし発生した場合、ω無矛盾の系列に完全性のある系列が完全にできてしまっている、絵画のような状態だ。絵画は完全に完全性を持つ系列sequenceである。sequenceは、現実を観測者が、観測した時空において、素材をもつ配置、なんだかわかんないので、もういいか。

精神分析学者ジャック・ラカンは「精神病はこの現実を見た人間(ゾウさん?」であると言っている。ぶっちゃけ意味がわからない。ラカンはわからん。

感情はsequenceの中である程度決まってくる。夏のsequenceであると、暑いなー!汗かくな〜〜。とか、太陽暑いなー!とか、甲子園とか、君の名は。とか。君の名は。とか完全に夏のsequenceをポップにしやがった絵師だ。夏のsequenceで良いところをむちゃくちゃ良さをブーストした状態が、君の名は。だ。それはもはやあのー、絵師、だ誰だ、あのー、作画監督が、sequenceをかなり用いているのだ。だからあとはそのsequenceにそって妄想すればいいだけで簡単だ。

wikiより

そうだ。誰があれだったか忘れたけど、夏のsequenceのブーストは甲子園のCMでもよく買われる。

それよりもだ。作品を作る上で、観測者は、作品を作るわけだ。例えば、ナイン・インチ・ネイルズトレント・レズナーがかっこいいトラックを作ったとしよう。次の日に聞いたら、そないでもなかったと、ロッキンオン2003年号で語っていた。これは現実的であることと理性的であることが問題であり。次の日というのは、観測者にとって、sequenceが変わってしまっていて、理性的でも現実的でもない状態のsequenceにある、つまりお天気の問題だ。

 

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 俺には台湾の東に低気圧があるように見えるのだけど。どうなんだ気象庁

ドーパミンが発生するにはこのsequenceを使え!

脳内のドーパミン、血中のドーパミン量が増えるには、神経に、関数のようなものがある、それがエロボタンだ。エロスイッチが入るためには、まず、天敵が周りにいないことだ。

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この状態だと、エロスイッチが入らないだろ。

これだとイケないので、家を作ったんだ。家はつまり、エロいことをしたいという意思を完全性のあるsequenceにした個体、それが家だ。嘘だ。

地震発生時にエロスイッチが入る脳カラクリ

上の画像から想像してもらいたいが、地震はこの時代からあった。だけど地面が動く感じだ。それよりも、カミナリのほうが怖かった。だから人間の遺伝子には、上から低音が聞こえるとIQが低くなるスイッチがある。だからこれを音にするとインポ音源もできるわけだ。

オナニーにならないためのトラックメイキングとは

俺はむかしDJのテクノ外交官TOBYさんと話たときに、トラックがオナニーになっちゃいけないからねって話を、さっき今日、地震があったときに思い出した。それで思ったんだ。主体が観測している状態でつくる作品である以上、オナニーもくそも、現実なんか無いのに、もはや洗脳するしか方法はないじゃないかと。

だから人がどんな構造で、どんな主体的な感情をもっているのか、ということのほうが重要なのではないかと思う。何故なら、ヒトは感情を共感することで現実的であると理性的であると思うのである。