ストレートネックで首ガッチガチやぞ!(くやしーです!アップ×2ガール(仮)

testだんかいでえす 現在TEST段階は1.00.03くらいゴールがどこかわからなくなってきているので3年くらいTESTかも笑

購買動機を起こさせるのが最終目標なのか?

ネットとテレビの融合。もはやもうそれは目の前に来ているはず!
しかしどうにもうまくいい案が浮かばないのはなぜだろう。
そもそも本来俺が考えていた、ネットとテレビの融合とは
映像コンテンツを皆が作って、それを民放と同じレベルにまで
放送できるとゆうものだったと思う。
デジタルビデオカメラも軽量、かつ高機能化して
WINDOWSXPには専用のムービー編集ソフトまでついてくる。
だからこそ、民衆レベルで、映像の革命が起こってもおかしくないし、
芸術のルネッサンスはここからしか始まらないのではないかなと思う。
音楽はもうこれ以上でつくしてしまって、そう簡単には革命が
起こらないと思う。
なぜ今映像での芸術革命なのかといえば
ボビーギレスビーが2003年SNOOZER1月号で語っていたように
映像コンテンツが簡単に作成できる時代になってきているからであり。
そしてブロードバンドと超大容量HDDとゆう何につかっていいのか
わからない余り物を有効利用できそうだから。
その予兆はアンダーワールドのDVDでも確認できる。
TOMATOとゆう、デザイン軍団はアンダーワールドを含め
CMやTV、映画やショートフィルムを創作する団体で
先鋭的かつ、クリエイティティあふれるやつらなのだ。
昔こんなことを書いた思い出があるなあ?いつだっけ
 
そのDVDでは音楽から映像へ、シフトしていく予兆が感じれると思う。
 
映像クリエイターはすごい。特に彼らは有名なアーティストとコラボレーションすることが多く。
その多くは素晴らしい。
このように音楽そのものよりPVのほうが革新的だった部分が
この何年か続いている。
ロイクソップの新曲もPVなしではメッセージは伝わりにくいはず。
 
しかし思い返せば、ライヴドア騒動は一時何か起きるんじゃないかとゆう
予感をくれた。まだ終わっていない。その予感は、今渦中だ。
北尾氏が登場してややこしくなってしまった騒動だけど
基本的なところに立ち返ると、ライブドアはヤフーを抜くことだけが
本来の目標なのか?それであるならば、こちらのスタンスも変わるが。
俺はもっと先が見たい。
アファリエイトとかそんなもんより、
結局みんなの意見を見ていくと、何かしら、ネットで買い物とゆう
どつぼにはまっていく。
それではいけないと思うし、何故なら、今回の騒動は
民放にはもう力がなくなってしまったとゆう表れなのだ。
つまりもうプロには力がなくなってしまっている。
つまりわれわれ、一般人が何かしら自分で情報を発信することで
ユビキタスは生まれ、そして共有されていく。
 
普段生活していて、クソみたいな大量の情報を僕達は受けている。
ビルの広告にしろ、TVのCMにしろ、そこには大量に情報が含まれている。
そんな過敏な情報を受けて生活している僕達は自然とアウトプットしたく
なる。その場がブログであったりするし。
 
ブログとゆうのは、日記ではない。トラックバックとゆうもんがある。
そしてこのライブドアでは企業様に意見を述べることができる。
とんでもない時代!すごい!こんな時代になってきている。
 
最後に、どうしても企画そのものの内容が思いつかないようなので
何か考えてみることにする。
ネットの共有性とゆうのを考えて、一気にTV上でネットをつなぎ
チャットみたいな形式をその場に作る。
朝まで討論みたいな形で。
しゃべり場みたいなのを、ネットでリアルタイムでやっていく。
そうだな、結局リアルタイムってゆうキーワードにはまっていくしかないのか
 
リアルタイムでなくてもいいんじゃないか?そう問う。
別にネットとテレビの融合に、リアルタイムは必要ないとしようよ。
だからネットで意見を通しやすくできて、
どの出演者がいらないか、どの司会者がいいか。
変動性にしていくってのも面白い。
そのためにはリスクが必要だけど、そのリスクは21世紀の新時代を
開くってことで我慢しようよ!
リスクなしに新しいものは生まれないし、古いものは消えていくし。
 
だから今依存の業界システムからして変えていこう。
だからTV番組は、宇多田ヒカルが何年か前にやったような
ネットで番組をつくったように、どっかのスタジオで作って
その番組制作のノウハウは専門の人にまかせればOKだし。
 
カミングアウト番組ってのはどうだろうか。
ネット上で、あたしは実は何々なんです~みたいな。
ボツか。いやいいんじゃないか?どうだろう。
6月が終わりかけていて少々焦っているプライマルドアーでした。