ストレートネックで首ガッチガチやぞ!(くやしーです!アップ×2ガール(仮)

testだんかいでえす 現在TEST段階は1.00.03くらいゴールがどこかわからなくなってきているので3年くらいTESTかも笑

癒し系は終わりだ

21世紀現在、日本に住む私達にはある弊害が存在する。それは「まったりいこうぜ」とゆう予定調和によるディスコミュニケートだ。所詮メディアが作り上げた、癒し系とゆうブームに、我々はまんまと乗っかり、世代間で行われるはずの、真剣な議論が蔑ろにされている。つまり、どうでもいいダベりだけで、時を、その場を過ごすのだ。これはバブル経済がはじけた頃から始まった、「失われた10年」かのように、それと比例して若者はふぬけてしまい、中身がなく、かつそれが大量生産されている。中にはそれに気づき、行動を起こそうとするものがいるが、うまくいかず、なにせ周りはふぬけだらけだ、たいがいが、クリスマスの予定はどうしようか、M-1グランプリは誰がとるだの、とふぬけている。そんな中で行動を起こしようも、誰も彼の元には集まらない。メディアによる情報斡旋のおかげで、決起しようにもできないのである。
日本は極めて教養のレベルが高い国だ。その国で、祖国の歴史や、政治システム、社会常識を学んできている。
たいがいが、気づくはずなのだ、「この社会はおかしい」と。
しかし、気づくだけで終わってしまうケースが多い。何故なら回りはふぬけているからだ。思っていることを話そうにも、そんな雰囲気にならないのだ。彼らも好きでそうなったわけではない。全てバラエティ番組や、雑誌などによって作られた、いわば「真剣に話すのがカッコわるい」といった風潮のせいである。
そうゆう風潮にしたのは、この社会のせいである。もっとつっこんで言えば、そう操作した人物がいるだろう。
正直言えば、僕自身もそうである。思っていることは沢山あるのに、それを表現できずにいる。僕は二つ顔を持っていると思う。表向きの「道化」の顔と、家でいる「普段」の顔。いつもその普段の顔を隠して生きている。正直慣れたけど、やはりしんどい。いつかは咲かせたくなる花だ。やはり人間だ、いつか花開きたくなってしまう。それが今だ。もうそろそろ僕も限界が来た。
いつまでメディアの作り上げる風潮に付き合っていかなければいかないのか?僕はもう正直臨界点に達しているのだ。