すべての男は消耗品として付加価値税である。

testだんかいでえす 現在TEST段階は1.00.14くらいゴールがどこかわからなくなってきているので3年くらいTESTかも笑

もう一度小説「インストール」を思い出してみる。

綿矢りさの処女作「インストール」が話題になってから早10年たとうとする。初めて画像(すでにネットで情報を得ていた時代)を見たときの衝撃は色々とカオスだった。順に追って感情を整理すると、まず「かわいい」そして「さわりたい」そして「さみしい」であった。とにかく当時2002年、いままでの小説家の概念を覆すような、フォトレタッチ加工処理であった。

暗かった。確かに2002年はなんとも言えない暗闇の霧が、街を飲み込んでいるかのような、暗さだった。小泉元総理がブッシュ元大統領と居酒屋に行った、ってゆうことが印象に残り話題になるくらい、なにも希望が無い、手づかみで握り締める希望なんか、砂金のようにすりすりと零れ落ちていくようだった2002。

その中でぽつんと一人草原?なところでこちらを見ている彼女を見た時に、なんでなんだろう。なんでなんだ。希望なのか、虚無なのかどちらとも言えないものが一際目立っていた。

小説の中にでてくる少年は、とにかく高飛車なやろうだ。生意気。いやゆとり世代少年そのものだ。それまでそんな理系的な生意気な少年は、ラストシーンで妙に童心に戻る。

ネットオークションに「タイムマシン」が出品されてるよ、と言う。

実際タイムマシンが出品されてたこともあったので、綿矢はそれを言いたかった、わけではないだろう。綿矢の願いが最後に表れたような読後感だった。

もう一度男はロマンを持って夢を追い続けていてほしい。そう感じた。

この10年間でたぶん、2.3回はネット上にこのことを書き込んでいると思うが

あと5年くらいは書きたいね。携帯電話の発達は人類の孤独と。

フレッドダーストが、「俺を振った女ぜんぶ死んでしまえ~」といってたら、飛行機が

ビルに突っ込むし、その後はやけくそだし、おまけに草食に退化(深化?)しちまうし

男の可能性は、完全に限界効用だす親分。

けれども、もう一度タイムマシンみたいなアフォなノリを

横目で見ていたいんだろうなと思う。

素朴で清楚。