すべての男は消耗品として付加価値税である。

testだんかいでえす 現在TEST段階は1.00.14くらいゴールがどこかわからなくなってきているので3年くらいTESTかも笑

KID A をもう一度特集する。

できればSNOOZERやってほしい。これはやっぱ避けられないだろう、今後の00年代ロックシーンを語る上で。ストロークスも重要だけど、なんだかんだいってKIDAとゆうアルバムは確実にロックに衝撃を与えた作品である、それは目新しさとかではなく、もっとロックの本質的な精神的な部分を述べた作品だからである。

KIDAを再確認することがあった。ITUNEで色々曲を聴いていたときだ、その時毎週のようにKIDAを中毒のように聞いてた頃からすれば全然聞かなくなっていた。ふとITUNEがKIDAのOptimisticを選んだのだ。
なんだこれは??意識が覚醒するような感覚??
僕はすぐにでもはじめのevrythin~から最後まで熱中して聞いてしまった。

はじめて聞いたときのあの感覚。あれが久々に戻ってきた。
なんだこれは?こんなものがロック史に残っていて、後のシーンは知らんぷりか?
ストパンクリヴァイバルだとか言っている場合じゃないだろ?
こんな重要なアルバムを時の流れともに流すわけにはいけない。
と、僕はこの5年ほど何回も思っている。
でも最初は違った、もう忘れ去ろうと、これは人類が到達した壁だ。この先はなにもない。忘れよう、と思った。その忘れようとした動きがロックンロールリヴァイバルなのではないか?

まずなんだこの時間を支配するような感覚。スピーカーの周りだけ違う亜空間になっているような感じ。そこにイビルゲートが開いていて、覗き込める状態にある感じ。
2000年になって、21世紀になって、人間が失った感情がここにあるような気がする。
色々な些細な夢、ユートピア、幻想、日常の些細な希望、
すべてが2000年9月26日でストップしてしまったような曲。
僕はKIDAの曲からそう感じてしまう。
心から、本当に心から何かに夢中になること、忘れてしまった夢中になれる情熱はここにしかない気がする。

KIDAが残したもの。それは前世紀の人間の感情だ。

今のように機械のような感情ではない。
生身の、生くさい血が通った人間の感情。

朝起きて何もすることがないのは、今2006年を皆生きているわけじゃない、
皆死んだように、生活しているだけだ。時間がただすぎていくだけのように。

誰もそこに未来があるなんて思っていなかった・・・・

その世界にはアルマゲドンが起こって、新世紀を迎えている地球があった。

今の現実社会の全てのしがらみは消え、残るのは新世紀にふさわしい生活だけ。

シェルターの中に暮らし、無機質な荒野となった大地を見る。

今生きているのは無機質な荒野となった草木も生えていない大地だの上だ。

そこでマトリックスように、あらかじめ用意された仕事を皆はしていくだけ。
ここは荒れ果てた荒野ではなく、90年代末期ような輝かしい現代がまだ存在しているとゆう幻想。

しかし僕は光を見つけた。希望の光を。
2003年9月に。

今その光の中にいる。

それはなんなのか今確認中だ。

だけど今光の中にいる。

なんなのかこの光は。さっぱりわからん。

只今日々研究中である。KIDAの先にあったものを。