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|倫理:最低限の文化的な生活にパチンコなどが入った道徳感情(改訂版)

モラルとは法的な拘束力を、そして共感できる前提として共通前提として国家単位において管理できる価値観であると。

モラル感情は儒教社会においても4000年くらいの支配がある。

モラル感情とはいいまでもなくキリスト教ローマ皇帝今ティヌスなんとかに公認されたように、支配者の倫理だ。

そこに最低限の文化的な生活にパチンコが入った場合、同席者のモラル感情はどう働くのか考えてみよう。

 

まず最低限の生活について因数分解してみよう。最低限の生活費用は、厚生労働省の作ったツールで算出できる。残念ながらB/Sシートでは最低限の私達国民の生活は費用である。これに関してモラル的には問題がありそうだ。

この時点でモラル感情は「私達の意図」が明確に反映されているとは限らない。

私達の意図や意志の代弁者が国家の代議士に当たるが、これも本当に私達の意図が常に反映されてるとはイイ難い。

例えば、私達の意図としてSNSツイッターに書き込みをする、その意図が140文字のつぶやきとなっている。これが法である。ワタシの法であり、所有権だ。

しかし、私達の意図としてSNSツイッターに書き込みをする際に、代理人が書き込んだ場合、「ちょwあたしフォロワーに20人ブロックくらってるわww草草大麻草」と書き込まれた場合、ここに私達の意図はあるか。そしてこの時、モラル感情はフォロワーの共感に対して、同調を下げて共感しないといけなくなる。それはモラル感情が許さない。

この場合すぐにでも代理人に意図を意思によって伝えなければイケない。

では私達の意図によって納められた税金によって、最低限の生活費用はB/Sシートによって賄われているが、これに関して暗黙の了解がある。かつて「震災復興のためなら少税増税は仕方ない」「社会保険のためならば消費増税は止む負えない」という簡単なロジックによって、モラル感情を利用されてきた経過がある。

 

めんどくなってきたから今日はやめだ!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

次の日

悪いとは何か

何故人類が悪いという概念を編み出したのか考えてみよう。実際に実存する存在として悪いという存在は存在していない。悪いという存在は存在として極めて抽象的な存在であり、悪魔や、神、そして死、言語、希望、愛、聖なる、居場所、などそういった言語概念であり、数学的な定義上の点や円とも違うが、皆が共同に前提できるこの世界には存在しないが想像上は定義ができる象徴界の産物になる。例えば、死んだ後どうなるのか誰一人わからないのだ。これは死んだ後は生き返ることが定義上イエス・キリスト以外には空海などを覗いては完全にいないのだ。だからカントも死んだあとのことはわからないし、わからないことは経験できないし、考えてもしょうがないと言っている。

しかし悪いということは経験して体験できる。つまり悪いという概念を生きているどこかの段階で経験している。下手するとチョムスキーでいう普遍文法には悪いなどの基本言語はあるのかもしれない。