ストレートネックで首ガッチガチやぞ!(くやしーです!アップ×2ガール(仮)

testだんかいでえす 現在TEST段階は1.00.03くらいゴールがどこかわからなくなってきているので3年くらいTESTかも笑

|演目:プログラムが適正化されると役の人はふんわりする

社会自体が演劇のようなものです。夢かもしれませんしそれを完全に否定できません。その完全さがあなたを不安にさせるでしょう、

 

演目

たとえばそのー、あれだね、派遣のバイトかしらんけどなんか今日は現場で仕分けの作業をやるとするでしょ。めんどくさいなーできればやりたくないなーお金だけほしいなー、死のうかな〜永遠にこんなことを死ぬまでやらなければ死ぬなんて嫌だよ(そうじゃなくても完全に死ぬのに()と思ってたら、いきなり動きがキッレキレの人がめっちゃキッレキレに動いてるねん。やべえこいつめっちゃ動きキッレキレやん、熊本のファミマの店員みたいやんみたいな。するとその人に感動して自分もなんか動き早くなってしまったみたいな。ほんでもってあれ?なんか同じ作業しているのに、キッレキレでやってたほうが楽しさみたいなのでてきたし、なんだろこれ?そんでもって昼休みはいつも便所飯で、昼休みの12時00。31秒が鬱になるのに今日はそのファミマの店員がめっちゃ適当で以外と自由。俺ひとりで食うんでみたいな。あれ?するとなんか自由な空気?自遊空間みたいな空気感エアー感みたいなんがただよって、昼休み弁当食う時はとにかくあの人動きキッれキレでしたよねーみたいな話で盛り上がり、なんと最後は仕事終わった後はめっちゃ気持ちいい!さわやか!気分いいんでチャリ乗る時めっちゃ体軽いし、今日は月がキレイ。

ってことないですか?

 

201712月の気候気象変動Climate

earth :: a global map of wind, weather, and ocean conditions

www.bbc.com

大規模な山火事レベルで毎日中国が排出する一酸化炭素濃度と同じかそれ以下である。これを考えると毎日どれだけの燃焼が燃焼機関などで行われているかわかる。

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中国の内戦(NEWWAR形式)の軟化は近い?

www.jiji.com

最近のニュースで明るい?というか習近平体制が固まってきていると感じるものでした。習近平政権は江沢民グループとのほぼ内戦に近い状態で朝鮮利権である人民解放軍北軍、つまり北朝鮮と一番国境を接している旧満州国らへんの軍隊と敵対し粛清をこの5年間やってきました。おかげでマネー洗濯の余波がビットコインなどで日本へ。ビットコインのCMとか広告が出川哲朗とか使って見れるとかよっぽどあれなんだなって感じます。

とゆうか気象変動の話よりも中国事情のお話がメインになりそうですね(汗

しかし、中国の経済は電気エアコンを設置するなどといった高度成長期の3C政策がまだまだ通じるくらいのりしろがありますね。不動産など人類にとって意味のないことははやくやめてエアコンを各家庭に設置するだけで経済は活性化するどころか適正化、まともな国家になるなんて、はやくやってくれまじで。メルケルでてくるな!!!!!

上海租界ってほんと列強の利権が絡んでてややこしいです。

 

 

|共同体:カフェは共同体 ver0004

近代は職業によって人々の会話を成立しにくくなり孤立化することで個人を担保してきました。しかし共同体は色んな職業を一括して包摂します。例えば創価学会では色んな職業がいますし、CAIみたいなスパイだと色んな職業になったりします。

 

阪神タイガースがスキな人々

たとえば共通前提(宮台真司用語)として阪神タイガースのファンとしましょう。阪神タイガースのファンであるならば色んな職業がいます。もしかして阪神タイガースのファンは単一性のある線形モデルでお肉屋さんのひとしか居ないってワケじゃないですよね?そう、色んな職業が阪神タイガースのファンとしてひとつの共同体になれるわけです。

つまりカフェもカフェ好きがあつまって共通前提を共有している共同体なワケです。もしカフェにくるやつはお魚やさんしか来てはイケないという法律も建前もないですし、色んな職業の人がカフェにあつまり共同体として構造をもっている。

中世のギルドと職業団体では何が違ったのかをヘーゲル図式では

 

そうなるとこの条件が当てはまれば、インターネットもナイトクラブも共同体なワケです。インターネットでもテレホタイム民として選民意識を持てたりキリスト教でいう一派です。ナイトクラブでは、音楽という神聖なものでみんな集まって酒のんで踊ったりトイレでセックスしたりマリファナ吸ったり、古代ギリシャのオリンポスまつりと変わらないわけです。

 

プロテスタンティズムは職業をつくったのだとマックスむらいがいいました。この職業は清教徒は天命を受けているので

 

多神教一神教

創価学会は姿を表さない池田大作先生が偉大なる預言者ムハンマドの役で、だいたい一神教的な感じ、もはやキリスト教イスラームクルアーンと変わらないです。

 

空海以前の原始仏教

仏教には上座部大乗仏教、小乗とありますが、釈迦がシャカシャカチキンをシャカシャカして悟ったものは空海以降の日本では歪んでモディファイされています。

釈迦のさとったこととは?

この本を読めばその神槌が垣間見れるかもしれません・・・・。 

|社会的共通資本:マクドがなくなっただけでラーニングがなくなったっぽいっす

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ノーベル経済学賞スティグリッツ教授「ラーニングソサエティ」では社会がハンバーガーの作り方をラーニングするもんだみたいなことを書いている。大まかに言えば。読んでないのでわからないけどたぶんそうだろう。この社会の知識や文化は先祖から学習ラーニングして富としてそして社会的共通資本としてこの社会に蓄積されているのだ。

大阪の24時間カフェ

話は変わって筆者が2003年くらいに大阪でさまよってたころ、北区のコウザキキャピタルビルの一階に24時間開いてるカフェがあった。珈琲館だったと思うが、とてもよく通っていた。当時は六本木ヒルズ的なウォールストリート系マネーの匂いしかしないハイプで中身のないカフェで人間味にかけるな〜と思ってたけど、大阪最大規模の繁華街北新地がそぐそこにあるせいか、なんとも言えない離人感のある浮遊した感覚のある、ある意味景気のいい時はコーヒー一杯くらいでなんかいい感じの感じをその場にいるだけで体験できた気がした。

景気がよくなっていった2006〜07年の間には大阪市西区のキララ九条商店街にあるマクドは当初24時てっぺんで閉店していたのに、午前1時までOPENに代わり、メガマックの頃には24時間店舗になっていた。

ところが俗にいうリーマンショック後には潤沢なマネーが消え去り、24時間あいてた北区の珈琲館は閉店。その後はどんどん24時間開いているカフェがなくなっていったし、一方のマクドのほうはホームレス的な風貌の人が死にそうになりながら寝泊まりする場所になってしまっていた。更にはそのマクドですら何故か24時間営業を取りやめてしまい、謎の店舗縮小。そのホームレスは完全に死んだのかもしれない。残念だが。

こうして深夜になれば真っ暗な街になってしまったわけだが、マクドが店舗縮小する前なんかマクドしかないので、北心斎橋店のマクドの2階とか深夜でも人々が沢山いた。しかしそこくらいしか行くところがないのだからしょうがない。しかしその唯一のマクドですら無くなったわけなので、ある意味、記憶から24時間開いているようなカフェ的なものは消されたようなものになった。

そう記憶から消されてしまうということは、ラーニングして蓄積してきたものが社会から消え去ってしまうまるでサトウキビしか作れないモノカルチャープランテーションの第三国問題が如実に日本国にふりかかってきたのだ。

勿論そんな国際的な問題と同じように、マクド的な資本力は店舗を構える周りの経済を一切を吸い取ってしまう。マクドができる前には、喫茶店となんか個人経営のお店があったとしたら、それら一切の顧客のニーズをマクド的なものが吸収し、さらに問題はそれらのニーズを店舗が消えることにより無いものにしてしまうことだ。

ここで消える社会にラーニングされ蓄積されてきたものはその地域で昔からあった喫茶店となんか個人経営のお店だ。マクド的な資本力はそれらのラーニングを吸収し、十分搾取したのち消えて去っていくのだ。

マクドは公共財

そうつまりマクド的なものはつまり社会的共通資本、公共財としての旨が大きい。何が公共なのかはサンデル先生におまかせして、公共とjusticeも同じだと思うので、公平な経済活動をさせないぞ!っていっているのがBIS銀行及びウォールストリート系村上ファンドみたいなやつらイオン岡田みたいなやつらのバックにいるわけだ。

そいつらはマクドは公共財として社会にラーニングされているにもかかわらず資本の理念で、しらんがな土人どもつって、公共財であるマクドをぶっこわしていくのだ。そもそも前回のマクド大型店舗縮小の基準も怪しいところがある。

 

絶対需要 

マーシャルだっけ?新古典派経済学限界革命以降では絶対に人々が消費する需要、絶対需要という概念があるが、その絶対生きていく上で消費せざる負えない需要を無い?かのような状態にすることで飢餓状態にする。これはけっこう昔から ある手法だ。

グローバル経済では国家の関与をできるだけやめてもらいたいもので、本来ならばブロック経済アメリカファーストのように国家が保護主義的に、このマクド的な資本力が奪ったラーニングの蓄積を補うのであるが、

まあとりあえず戦争になれば戦時国債というものが発行されてそんなんどうでもよくなるレベルで金ががっぽがっぽ動くので、それはやめてほしい。いくら北朝鮮ICBMが大気圏再突入しただけで火の玉になって燃え盛ってぶっ壊れるくらいしょぼいものでも戦争という2文字だけで人々はトラウマになりミネラルウォーターを備蓄したり集団でロウソクをもって練り歩いたりする。

WW1でドイツの賠償金を請け負った戦時国際決済銀行であるBIS銀行はそんなやつらなのだ。なんとかしろ。メルケル

 

 

|言語内時間:言語によって時間を認識しているのかポケ森 ver011

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言語

言語では時間も認識しているのではないか。これは例えば、電車という言葉を思い浮かべた場合、電車そのものが空間内に存在しているイメージが思い浮かべることができる。その歳、カントが言っている通り、空間が或る場合、同時に時間もないといけない。つまり言葉によって想起される存在が存在しただけで時間と空間が発生しなければいけなくなってくる。

言語内時間

そこで電車の言葉にはどんな時間が発生するのか。それは電車に関わる全部の記憶から産まれる時間感覚だ。電車に乗っている時間、電車でポケ森をやっている時間、電車男を読んだ時の時間など・・・電車という言葉ひとつとっても無限数である自然から電車という素数を取り出したために生まれた時間と空間は、つまり時空は有限になっている。

時間の認識方法

そこで、すべての言葉には時空を認識する役割があるため、すべての初等級言語である数字のイメージだけで時間を認識している、いや時間みたいなやつをイメージできるいるのかもしれない。

空間の認識方法

空間に関しても、同じで数字が収まっている空間が必ず発生し、同時に時間も発生してしまう。しかしその言語の外は何も無いのか?こんな感じでイメージの隙間一切ない感じで空間ギチギチになってぎゅうぎゅうずめ満員電車みたいな空間しか発生しないわけがない。

よって

時空は認識できない。

言語連続

言語連続で代表的なのが音楽である。言語と言語の時空が連続しただけで言語以上の何らかの気持ちになりなんかよくわからない気分になる。しかも拒否できない。これは疑いようがなく、感じたことは真実であり所与になるからだ。

音楽連続の際の時空

音楽には時空は必要である。それは音楽は存在であり想像界的存在であるからだ、

しかし、音楽を想起する場合と、音楽を実際に所与として聞いた場合の時空の感じ方であるけども、どうなの??

 

幻聴は存在

つまりである。幻聴が聞こえた場合、言語である音の存在が発生したことになる。これには時空は必然であり、それは存在である証拠だ。つまり存在を想起した段階で勝手に時間と空間が発生してしまうのだ。 

 

 幻聴により嫌な気分になることは幻聴が音楽になったための証明

無限である自然であるが、幻聴が聞こえた場合、純粋な音の場合、情動は左右されない。しかしそれらの発生以前に言語が連続している場合、音楽になっている。

 

無意識に埋没している言語

音楽を聞く時どうやって聞いているのだろうか。すごくない音楽って聞いてるんだぜ?

でも、聞いているといことは、何かを認識して聞いているわけでそれは

JPOPだったらとりわけ歌とメロディを認識している、そして他の音は無意識に言語宇宙が発生していて、なんかそのー連続性を保っている。

アダム・スミス『道徳感情論』の読み方

意識の発生

ヘーゲルの法の哲学はこの自らの意識からはじまって国家までたどり着くとんでもない著書でしたが、アダム・スミスのこのブックではとりわけ意識から意図、そして倫理などになぜかを書いていると感じるには、まず人々の感情のレベルを分けている。

感情の種類がある

気をつけて読まないとそのまま読み流してしまうのだが、人々の感情の種類にも情動エモーションと感情センチメンタルとで分別している。ちょっとまって情動と感情が違うの?と思うので、ここで結構頭を悩ませる。しかし自分がアダム・スミスになって、あの本を書いた気分になればいけるはずだ。

情動、感情、そして激情パッションとレベルをわけている。とりわけ人々が共感してそこになんらかの価値を見出すのは激情パッションのほうだと書かれていると思う。

主題から次の主題まで一気に読まないとダメ

例えば主題があって、なんの主題なのか考えないといけない。適合性に関する主題であれば、適合性に関して述べているので次の主題に変わるまでとにかくその主題に関して集中して読まなければいならない。

革命前のStage1世界ではなかなかむずかしい

しかしStage1のグローバル社会末期に住む我々にはなかなか難しい。激情とはなにかなぜお金に価値を見出すのか、その激情は何故宇宙に発生するのかを考えるのだ。

|社会的共通資本:貨幣により富との交換について ver10002

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貨幣(通貨)によって交換できる富は通貨より先立って無いといけません。これが逆になるとどうなるか、世界には5京円くらいのデリバティブによって信用創造された価値の無い通貨があるそうですが、何故価値がないのかと言えばその5京円と交換できる富がないからです。つまり通貨の価値は現存する富と交換できるということが前提にないといけません。

例えば、富が無くなった場合、ハンバーガーを買いに3兆円持って店にいってもハンバーガー作り方わかんねえっす、つうかハンバーガーも無いっす。

って言われたらいくら30兆円もってても意味ないっすよね。

通貨は先立って諸国民が生産した富、つまりラーニングソサエティ(社会的共通資本)が無ければ持っていてもしょーがないものなのです。

公共財(社会的共通資本)は生産力の蓄積

 

土地に穀物を植えると育つのは何故か?

情報という観点で物理をみていくと、存在は情報があるから存在している。そしてその情報をうけとって存在になるので、土地という情報に穀物という存在を作りたい場合、情報として穀物の情報を与えなくてはいけない。この技術がソサエティにラーニングされつづけると普遍的な資力つまり公共財としての生産力となる。