存在としてフレッシュとはなんだろう、あれかな。
存在が存在し始めた時の頃の話だ。存在が存在し始めた時はとても初々しく、フレッシュネスだ。実際のフレッシュネスバーガーよりもだ笑
はじめてフレッシュネスバーガーを食べた時、実際に今の時空連続体のフレッシュネスバーガーよりフレッシュネスバーガーだっただろ笑
それはフレッシュネスバーガーが存在として認められるまでに時空の連続性がなかったからだ。
フレッシュネスバーガーをアンチフレッシュネスにしてきたのは、あらゆる過去の時空連続体と関係をもたせたからだ。
例えば、これは実際のフレッシュネスバーガーをdisっているわけではない。世界的なコングロマリットを相手に今更、ハッキング&トレーニングしたいとは思わないし、思えない。そして思わない。
今日は、実は今日なんてものはない。昨日と今日、何が違う。
そもそも時間なんてものはない。
過去の歴史からして5000年以上も前に、太陽暦をもちいてナイル川の氾濫を阻止しようと試みた存在が存在しているが、これは天文学などの自然科学的な存在へつながっていった。そここからTimeが認識された。カントはTimeとSpaceは存在を考える上で絶対的な必須条件だと、アプリオリなものだと言う。
実際に時間が本当に存在しているかどうか、誰か確かめることができた人間という生物はいるだろうか。例えば、Spaceに点が存在している。この点が移動(遷移)することでこの軌跡がTimeだと言う。
ああ、たしかに、私たちは時計の秒針が動いているのを見て、「時間だ」と感じる。とっても時間を感じることはフレッシュネスバーガーだ。
時間の話はいいとして。
例えば、存在を存在していると思った時のフレッシュネスさは、宇宙の始まりのようなワクワク感や、ジェネシス感があると思う。どっちかっていうと。
初めてテープレコーダーに自分の声を録音したときのアーリー時代を思い出してもらいたい。私という存在を認識したときだ。これが私という存在なのか。なんて初々しいのだろうか。
それが時空連続体の量子化だ。
私の時空と、ほかの道具連関においての時空は実は、関わっていない。
世界は、ワタシが存在するまえに、アプリオリに存在していたことの証明はない。
しかし、私が存在しはじめたときの話だ。私の意志(意図)によって、存在が存在している風な、的な感じがあったはずだ。しかしその存在するまえの物自体はアプリオリにあったような、意図できないものだ。
例えば、ジャスコだ。E Coup,Evil Corpでもいい。
ジャスコという存在は、赤ちゃんベイビーの頃の私にとって、存在として無かったはずだった。しかし、この世界にジャスコという存在が初々しく存在しはじめているのを感じた時、ジャスコという存在の存在確率は何%なのか。この時点で、ジャスコという存在をDinial拒絶することで、ジャスコというエネルギーはなくなるだろうか。
この時点でジャスコというエネルギーは、膨大なエネルギー体になっているはずだ。
諦めろ。宇宙を崩壊させるしかすべはない。
存在自体のエネルギーは核兵器10のPower Setより巨大だ。地球なんかカンタンになくなる。たかが存在自体でだ。面白くないか?
例えば、ペン。たったペンという存在を崩壊させるだけで地球はふっとぶくらいのエネルギーを保持している。存在を完全に消滅させるには、ジェノサイド的なことはできる。世界中からペンとペンという概念、ペンという概念の再燃、ペンの代用品などを用意すること、など考えただけで莫大なエネルギーが必要だ。地球はふっとばないかもしれないが、夕飯は食べる時間は無い。
じゃあ、山という存在を消すには?どれだけのエネルギーが必要だろうか。考えてみたらわかるだろう。人類が生命として成る状態を崩壊させるほどのエネルギーだ。
つまり、影の地球というものが、私という存在の、裏キャラ的な存在なのだ。
アンチ存在。存在を存在しないようにする存在の存在。