すべての男は消耗品として付加価値税である。

testだんかいでえす 現在TEST段階は1.00.14くらいゴールがどこかわからなくなってきているので3年くらいTESTかも笑

ウォーキングと2000年

いまだにウォーキングをしているやつがいる。ランニングではない。歩くのだ。
しかも必ずウォーキングの場合は2人くらいの、夫婦なり、おばちゃん近所なのだ。
この光景を見るたびに何がしたいのだろうかと不可思議な感覚に陥る。
そしてもっと不可思議なのは、何故それを見て不安になる自分がいるのかもっと分からない。
できれば何のバイアスもなく過ごしたいところではある。
「歩くことすら現代の人類は忘れ果ててしまった、これが人類の末路さははは!!!!」
と云い、無様な霊長類の最終深海形態をほくそえんだらいいじゃないか。
いや、デカルトよ。いまこう思ったいま、ここに我はいるのは確かだろ。


近代化は、都市部への農民たちの流入、市民の誕生、市民の社会化、市民の革命、社会契約、
などをたどってきて、最終的に「職業によって孤立」してしまった。
孤立した市民は、話ができないことに不安を覚えて、なんとかして社会と契約する以前の
つまり、社会化して標準化や標本化が行われる前の感覚に戻りたいと思う、
そしてインターネットや、ナイトクラブ、に集い全体性を獲得する。
強いては、ウォーキングだってそうだ。


ウォーキングは不安を取り除いてくれる。僕から見てもそう思える。
だから不安になるんだよ。
なんでそんなことをしないといけないくらい、みんなバラバラに孤立してしまったのか。

きっとサタンは2000年には復活したのかわからないけど
約束の地である、神の王国は、一刻もはやく建設したいのだろう。
こうやって不安だけが2000年以降残ってしまったのだから。
今宵の月のように、漆黒の闇にぽつり浮かぶ寂しげな満月。