たまには許してやれよアベ政治。正月くらいはさ。

testだんかいでえす 現在TEST段階は1.00.03くらいゴールがどこかわからなくなってきているので3年くらいTESTかも笑

抑圧に関する考察03 (没

万能感

 赤ちゃんってさ、泣くよね。電車の中でも、泣くよね。そん時お母さんがうわああ泣いちゃったあああうひょおおおおめっちゃ迷惑やんけえええつってパニクってることよくあるよね。あれ母親のほうがちゃんとしてないと余計泣くからダメなんだけど、まあしょうがないよね。赤ん坊電車ノンナ!みたいな空気あるけど、あの空気って何だろうね?空気に関しては山本七平「空気の研究」

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まあでも赤ちゃんのときは泣いてたらオカンがなんでも言うこと聞いてくれるわけよ。泣くってのは抑圧された性的衝動を表現していることだからね。でもこれっていつまでも続くわけじゃないわけよ。大人になるにつれ、ちんぽやマン毛が生えてきたりするわけじゃないですか皆さん。ちんぽビンビンになったりマン毛から何か液体が出たりしちゃうわけじゃないですか。これって罪みたいに感じるのは聖書で創世記で書かれているんだけど、へびが善と悪の知恵の木を食わせて、辱めという罪の知恵を覚えてしまったわけです。(創世記?:??)モーセのじゅっかいでも精液を出すのはあかん、と書かれています(出エジプト記?:??)

まあどうでもいいわけですよ。問題は、そこじゃないわけね。

大人になると無理なこと増えてくるわけですよね。例えば森羅万象を操作できないとか。社会の中で歯車にならないといけないとか、そういう赤ちゃんのときに満たしてた欲望がすべての欲望が満たせなくなっちゃうわけですよ。

これをジャックラカン象徴界でのファルスの去勢と言っています。

 

ファルスギンギン!!

ところでさあ、話変わって、ダンスってなんだろうね!昨今にわかに巷でうわさになっております改正風営法問題でも、いきりにダンスが射精なみにイケない罪みたいに取り沙汰されるているわけですが、ダンス踊るって非常に非日常的ですよね。明治以降の日本でダンスを踊る機会って盆踊りとか文化祭みたいなお祭りハレの日ユカイの日じゃないとダンシングしないじゃないですか。社会学者のデュルケームはハレの日とか言うたり集団的沸騰が社会の変革を促すみたいな。

これはハレの日とけの火を作って、日常と非日常を演出し、最終的にこの社会は我々は同じ人間だということを確認する祝祭を設けることで日常のほうが生産性あがるわけで。労働力の再生産と安定したパーソナリティの獲得のためには社会システムがそれを容認しなくてはいけないものですね。

 

音楽って、音だけではなく、文脈 between sentenceみたいなところの関係性みたいなところで気分がウキウキしたりするわけですよね。

例えば、社会的関係性が著しく変わる時ってウキウキしますよね。大学に受かった!とか、ダンスしたくなりますよね。去勢されたファルスがいっとき一部分だけ戻ってきたなーみたいな。今ならなんでもできるわーみたいな。大学に受かっただけで、この漠然として全体像が見えないしかし如実に皆が帰依している「国家」や「社会」に、そうまるでカフカの城のようなものに、あなたはOKですよどうぞ!あなたは選民されたましたから。といって許可されたように思いませんか。実は大学にうかるまで、ずっと性的衝動を抑圧されていたんですよ。そしてその抑圧がなくなり、性的衝動を表現できるようになったわけです!思わずダンスしちゃいますね。バイオパワーがなくなり、今ならどんな祝福でも全任されているようで。まあつまり、ここで明らかに社会的な関係性が変わるわけですよ。これでお前らとは違うわけだ!!あはははって。社会的関係性が変わる時って性的衝動&性的興奮しますよね。

性的衝動って何?シコシコだけじゃなさそうだね・・・うむむ

 

つづく